お話カード
中山紀子先生
〜今のしごとにたどり着くまで〜
・お話の概要
36歳まで「プロの学生だった」という中山先生。苦手な勉強を克服しながら大学(モンゴル語学科とペルシャ語学科)を2つも出た上、大学院へ。またその間にトルコでも学んだという長い学生生活のエピソードと転機の越え方、学費の集め方、文化人類学への長い長い道のりを話してくれました。
経歴
・ 文化人類学、専門はトルコ(5年、6年、大人)
勉強
・勉強はあまり好きではなかった(5年)
・顔が騎馬民族に似ているからと友だちにすすめられ、高校の時に外大のモンゴル語の学部へ入学(2年、5年、6年、大人)
・大学3年にトルコ語の勉強をはじめた(2年、6年、大人)
・大学院に入りたかったが学力が足りずペルシャ語学科へ入り直す(トルコ語がなかったから)(6年、大人)
・ ロータリークラブ奨学金をもらう(6年、大人)
・ 京都にある民族博物館の大学院に入って、フィールドワークをする(5年。6年、大人)
・就職がむずかしく、5倍の難関を突破し博士課程専門の関西の大学院へ(大人)
・大学院でトルコの研究をした(6年、大人)
・ 30歳になっても学生(5年)
・ プロの学生(2年)
・ 36歳で博士論文が書けた(6年)
仕事
・ 36歳ではじめて就職(2年、3年、6年、大人)
・ 日本で初めてできた文化人類学科の助手に(大人)
トルコ
・ トルコはヨーロッパとアジアをつなぐ場所(2年)
・ トルコは小アジアといわれていた(5年、6年)
・春休みにトルコ語をあまり話せないが、トルコへ旅行した(2年、5年、6年、大人)
・想像に反して明るい国民性だったのでひかれた(5年、大人)
・ 明るいトルコ人たちはいわば関西系イスラム教徒(2年、5年、6年、大人)
・ フィールドワークのためお金を集めた(5年、大人)
・ トルコで1年8ヶ月すごした(2年、6年、大人)
・ トルコの今の人たちを勉強するために文化人類学の世界に入った(5年)